
2026年度、文化財保存修復学科と歴史遺産学科が統合し、新たな「歴史遺産学科」としてスタート。文化財保存修復コースと歴史遺産コースとして両領域の専門性はそのままに、連携と融合を深めることで学びの可能性が大きく広がります。今回は、統合による学びの内容や今後の展望について、杉山恵助教授と青野友哉教授にお話を伺いました。

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芸工大にしかない学びと、芸工大だから深められる学び
――文化財保存修復コースと歴史遺産コース、それぞれの特徴を教えてください
杉山:文化財保存修復コースでは、文化財保存修復に関わる4つの専門分野を体系的に学びます。掛軸?屏風?書などの伝統的な日本の書画表装文化を修復する「東洋絵画修復」、油彩画や版画などを扱う「西洋絵画修復」、仏像や近現代彫刻を対象とする「立体作品修復」、そして、科学分析や環境調査を通じて修復を支える「保存科学」です。これら4分野すべてを、学部で専任教員から実践的に学べる環境は、全国でもここ芸工大だけです。

青野:歴史遺産コースは、「考古学」「歴史学」「民俗?人類学」「建築史学」などの専門分野を通して、人類の過去を多角的に読み解きます。発掘調査でさまざまな時代の痕跡をたどる考古学から、現在の祭りや風俗を手がかりに文化を探る民俗学まで、アプローチはじつに幅広い。研究によって得た知見を地域に還元していく姿勢も大切にしており、1年次から現地調査に関わるフィールドワークの機会も豊富です。


歴史遺産コースの授業の様子
――新たな「歴史遺産学科」では、お互いの分野がどのように関わり合うのでしょうか
杉山:たとえば私たち文化財保存修復では、古文書の修理も手掛けています。一方、歴史遺産では、その古文書の内容を読み解き、後世に伝えることが専門。修復は「バトンを渡す方法」を学び、歴史遺産は「なぜバトンを渡すのか」を考える。どちらも「歴史と文化を読み解き、守ること」を共通のゴールにしており、だからこそ今連携を強めていきたいと思っています。
青野:保存修復の基礎を歴史遺産の学生も学びますし、歴史遺産の総論的な知識は文化財保存修復の学生にも役立ちます。世界遺産について学ぶ授業(世界遺産総論)なども共通です。分野としてつながりが深いからこそ、幅広く学ぶことで社会に出たときの強みにもなります。そうした実践的な力を育てるカリキュラムに変わっていきます。
――それぞれの専門性をかけあわせ、互いの強みを生かすための新学科なんですね
杉山:全国で初めて設立された大学附属の修復機関「文化財保存修復研究センター」の存在も大きいです。両コース共に、このセンターでの受託研究事業に学生が関わる機会を積極的に用意しています。修復に関しては地域の文化財が集まるだけでなく、全国からも修理依頼が寄せられています。プロの修復家や研究者が実際に作業を行う現場を間近で見ることができ、そのすぐ隣で学生自身も教育を受けられる環境は、現場の緊張感や文化財の息づかいを肌で感じながら学べる、何にも代えがたい貴重な経験になると思います。
青野:センター長を含め、研究員が県内外から多様な業務の依頼を受けます。そうした現場の仕事を目の当たりにする機会があることは学生にとって大きな刺激となり、理解を深めたければその教員に直接聞くこともできます。私もセンターの研究員の一人として、北海道有珠モシリ遺跡※1や酒田市生石2遺跡※2などの発掘調査を自治体と連携して行っていて、それを授業に組み入れています。発掘の技術はもちろん、地域の方とのコミュニケーションもプロジェクトの中で学びます。
【YouTube動画「週刊 TUAD NEWS」】
※1 2024年9月3日(火)~12日(木)「有珠モシリ遺跡」発掘調査の様子
※2 2023年9月25日(月)~29日(金)「生石2遺跡」発掘調査の様子


学生も参加する「有珠モシリ遺跡」の発掘調査
杉山:センターがあることで、授業以外でも積極的に文化財に関わるチャンスがあることは学科の大きな強みです。文化財保存修復コースでは、専門ゼミに分かれた後、鶴岡市善賓寺五百羅漢像の保存修復研究事業や、上杉博物館の上杉家文書の調査に参加するなど、作品の調査と修理に携わる機会を得ることができます。新しい歴史遺産学科の理念は「歴史と文化を読み解き、守り、未来へつなぐ」。この共通の目的に向け、それぞれのアプローチで学びを深めています。


専門の深さと現場の広がりを備えた教育体制
――各先生方がどのようなフィールドでご活躍されているのか、お聞かせください
杉山:先ほどお話しした文化財保存修復コースの4分野は、それぞれの専任教員の専門分野でもあります。私は掛軸や屏風など伝統的な東洋書画の修復を担当し、中右恵理子先生は油絵など西洋絵画修復を。宮本晶朗先生は仏像から近現代の彫刻まで扱う立体作品修復で、実際の修復だけでなく、学芸員をしていた経験も活かして地域文化財に熱心に関わっていています。この3名はプロの修復家でもあります。そして、村上智見先生は保存科学の分野で作品の分析や調査を行い、修復3分野と密接に関わっています。またご自身の専門として考古遺物についても研究を進めています。教員の多くは海外での留学や勤務を経験しており、学科として海外文献を積極的の読み、国際的な視野を取り入れることに力を入れています。海外に学びに行く学生もいれば、海外から研修に訪れる修復家も多く、文化財保存修復コースは学内でも特に国際色の豊かな場になっています。実際、海外の専門家や修復を学ぶ学生からの研修希望の問い合わせは多いですね。

青野:歴史遺産の専任教員は現在5人。考古学では私が縄文文化、佐藤祐輔先生は弥生文化や旧石器文化が専門です。佐藤先生は石器づくりの名人で矢じりを作るような体験学習も得意なんですよ。二人とも博物館学芸員だったので、技術的な部分だけではなく心構えも教えることができます。歴史学の岡 陽一郎先生は中世、鎌倉時代の「道」の研究者です。街道沿いにどういう暮らしがあったのかなどを明らかにしていきます。志村直愛先生の建築史学は実際に街の中を学生と歩いて、建造物の歴史、作り方、設計者について、さらには地域のまちづくりまで研究し、指導をしています。そして、民俗学は松田俊介先生。「強飯式(ごうはんしき)」という栃木県日光市にあるユニークな儀式を、学生と一緒にフィールドワークをし、研究していますね。巷で流行っている妖怪やネット怪談も、実は民俗学の分野。そういう指導もしています。

――修復や研究は、過去の作品や文献など「モノ」と対話するイメージでしたが、実際に学生にはどのような指導をされているのでしょうか
青野:もちろんそれも大事です。しかし、学芸員※を目指す場合ですが、学芸員は地域の中に入って活動するので、「人」との対話も大切にしています。専門をしっかり持っていることで住民の皆さんに対して説得力が増してきます。そこにプラスして、文化財保存修復コースはグローバルな技術交流があり、歴史遺産コースは行政や地域とのつながりが深いことが強みです。歴史遺産学科の目的は、その地域の文化や文化財を守り伝える人を育てること。学生たちの就職先として学芸員はもちろん、官公庁のまちづくり部署で活躍する人など、地域の核となる人材を育てることです。そのために学生のうちから地域のお祭りに参加したりして、そのコミュニティに溶け込んで、どうやって信頼を得ていくかを4年間学んでいく。これは両コースが共通して築き上げたいものなんです。
※本学の学芸員課程に関する掲載記事


地域のお祭りに参加したフィールドワークの様子
左)山寺磐司祭でのシシ踊り?鹿楽招旭踊の調査、右)小国町の熊祭りでの物販活動
杉山:コースにある4分野全てのエキスパートになるのが目的ではなく、それぞれ何ができるかを知る。先日も、県外の歴史博物館で学芸員をしている文化財保存修復を学んだ卒業生から、修理事業をここの文化財保存修復研究センターに依頼したいと連絡がありました。こうしたつながりを生み出せる環境こそ、本学科が大切にしているものです。
青野:私もセンター兼任の研究員として、自治体と協力?連携しながら山形市内の指定文化財の状況調査も行っているんですが、一緒にやっていた学生が卒業して、就職先の自治体でも同じようなシステムができないだろうかという相談がありましたね。これは文化財と歴史遺産ともに、在学中からどの先生にも相談ができる環境にあったことが大きいと思います。
新?歴史遺産学科が求める学生像
――先生方から見て、両領域はどんな学生が多い印象ですか。そしてどんな人が向いているのでしょうか
青野:歴史遺産の学生は、もちろん歴史好きとか将来学芸員になりたいとか明確な志望理由の学生も多いですが、土偶がかわいいとか、刀が好きとか、妖怪に興味があって民俗学を学びたいとか、そういう興味があるところから入ってくる学生も多いですよね。
杉山:文化財保存修復だと、本当に保存修復したいという学生はもちろん、仏像など美術品の魅力や、美術館で見た作品への興味が湧いた体験などから興味を持ってくれた学生が全国から集まってきます。なかには「被災した地元の文化財を守りたい」という思いで入学してくる学生もいます。
青野:文化財保存修復は真面目で優秀な子が多いですね。いいレポートを書くんですよね。先日、大学院の授業で文化財の学生?大学院生4人と一緒でしたけど、質問がきちんと的確な部分を突いてくるんですね。とても鋭い。細部までこだわっての作業が多いからなのか、研ぎ澄まされている学生がいるのが文化財という感じがしますね。
杉山:歴史遺産には、自分の関心を深く掘り下げ、テーマとして真摯に向き合う学生が多くいます。文化財保存修復も同様で、両領域の学生に共通するのは「誠実さ」。求める学生像としては「探究心」と「協働力」がキーワードです。歴史遺産は人との関わりが不可欠なフィールドワークが多く、その強みを文化財でも活かし、“モノ”に向き合うだけでなく、それを守る人や地域との対話を重要視していきたいです。作品を発表するのではなく、誰かの思いや文化をどう未来へつなぐかを考えられる学生が多く集まっています。
青野:“意欲”と“探究心”、“協働力”は新歴史遺産学科の アドミッション?ポリシーなので、入学希望者に求める大切な資質です。最初はマニアックと言われるような興味がきっかけだったかもしれません。でも、それに関わるのは必ず「人」。何のために研究するのか、誰のために守っていくのかを4年間で考えて、地域の中で実行することで、コミュニケーション能力も当然身についていきます。
杉山:絵が描けない、化学が苦手、英語が不得意、そうした不安を抱える学生も少なくありません。でも誰にでも必ず自分だけの強みがあります。足りない部分は大学でしっかり学べるように、デッサンや基礎化学の授業も用意し、カリキュラムを整えています。最初からできなくても大丈夫。文化を未来につなぎたいという思いがあれば、学びは自然と深まっていきます。英語の文献や、薬品の取り扱い、数学的な計算も、必要性が見えたときに「学びたい」という意欲につながります。両コースとも教員には学芸員経験者がおり、現場で役立つ実践的な知識とスキルを丁寧に伝えています。

青野:1年次と3年次のPROGテスト※で成長率が非常に高いというのが文化財保存修復と歴史遺産の学生に共通するところですよね。両コースでの学びが学生一人ひとりの力をしっかりとひきだしていることを示していると言えるでしょう。
※Progress Report on Generic Skills の略で、社会で求められている能力(ジェネリックスキル)を“リテラシー”と“コンピテンシー”の二側面で客観的に測定するアセスメントテスト。個々の特性を今後の学修や就活 に役立てもらう為、本学では1年次と3年次に受験している。
次世代を担う学び手たちへ―展望と期待
――歴史遺産学科の今後について描いているビジョンをお聞かせください
杉山:ひとつの学科のもとでコースに分かれることで、これまで以上に連携を深めていきたいと考えています。教員同士はもともと密に連携していますが、その関係性が学生同士にも広がっていくことで、学びの質や広がりもさらに豊かになると期待しています。まだまだ一緒に取り組めることがあると感じており、今後も相互の強みを活かした学びの場づくりに努めていきたいと思います。
青野:大学院では、歴史や修復を専門とする学生と、美術を志す学生が共に学ぶことで、互いに刺激を受け合い、双方に良い影響が生まれています。こうした相互作用が、学部でも自然に根づいてほしいと感じています。それぞれが自らの専門を深めることは大前提ですが、「他コースのあの人の研究、何か自分の領域にも応用できるかもしれない」といった視点が生まれれば、学びはより豊かになります。異なる専門性を持つ仲間同士が、互いに刺激を与え合い、高め合う。そうした関係性を学生たちが築いていくことが、私の目指す理想のかたちです。
――最後に、受験生や保護者の方にメッセージをお願いします
杉山:新たな歴史遺産学科はさらに魅力的に、そして強みを増したと感じています。これだけ多様な分野を横断的に学べる環境は他にあまりなく、互いの専門性を高め合える場が整ったことは大きな喜びです。視野を広げ、歴史や文化を次代へつなぐ力を育む。そうした思いに共感してくれる学生に、ぜひ集まってほしいですね。
青野:文化財を守り、歴史や文化を生かしたまちづくりは、今まさに社会から求められている分野です。実際、学芸員の募集も増えており、担い手不足の声は各所から聞こえてきます。だからこそ、この4年間で専門的な視点と実践力を磨き、地域の文化を支える人材として羽ばたいてほしい。公立の学芸員だけでなく、民間の博物館や美術館、調査会社、寺社など、活躍の場は広がっています。文化財や歴史の専門職という幅広いフィールドで、より多くの卒業生が活躍できるよう、私たちも後押ししていきたいと考えています。
杉山:文化財保存修復と聞くと、「専門的すぎて進路が限られるのでは」と不安に思われる保護者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし僕たちの目的は、狭い意味での専門家を育てることではありません。文化財というフィールドを通じて、社会課題に向き合い、解決へと導く力を育むことこそが、僕たちの目指すところです。どうか安心して、お子さんをこの学びの場に送り出していただきたいです。
青野:世界は今、複雑で不安定な状況にありますが、物事の背景にある歴史の流れを知ることで、目の前の出来事をより深く理解し、未来を見通す力が養われます。それは、専門職を目指すかどうかに関わらず、すべての学生にとってかけがえのない土台になります。歴史の見方を身につけることは、現代社会をしなやかに、そして確かな視点で生きていくための知的な基盤になる、そう信じています。過去から学び、人類の未来をより良くしたいと考える意欲的な学生に来てもらいたいですね。

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文化遺産保存修復コースと歴史遺産コースそれぞれが、別の視点で同じ目標に向かうため、さらに連携強化させた新しい歴史遺産学科。専門性を深めながらも、社会のさまざまな場面で活かせる視点や力が育つ、そんな可能性に満ちた学びの場だと感じました。「好きなこと」を「社会とつながる力」にする4年間。どんな道に進んでも、この学びが未来を支える確かな土台になるはずです。これからどんな学生たちが集まり、どんな未来を描いていくのか、とても楽しみです。
(文:藤庄印刷株式会社 小笠原慶子、撮影:法人企画広報課)
関連ページ:
歴史遺産学科 文化財保存修復コース
杉山 恵助 教授 プロフィール

任你博 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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